公開日2025.11.17
『hotel tou(ホテル トウ)』に学ぶ、ホテルライクな空間づくりー非日常の追及

今回、ホテルライクな住まいのお手本として選んだのは、「hotel tou nishinotoin kyoto」(ホテル トウ 西洞院 京都)。2021年に西本願寺と東本願寺の間、にぎやかな観光地から少し離れた閑静な地にオープンしたホテルで、町屋のような、シンプルかつ伝統的な外観が印象的。
実際にホテルにお伺いし、「ホテルライクな空間」のヒントを、建築家の原一生さんと共に探ってきました。
「ホテル トウ」の計算され尽くした、非日常
(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
「hotel tou nishinotoin kyoto」(ホテル トウ 西洞院 京都)の設計を手掛けたのは、谷尻誠と吉田愛が率いる、独創的な空間づくりが特徴の「SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズデザインオフィス)」。京都の歴史や文化の奥深さ、鰻の寝床とも呼ばれる町屋のような空間の奥行き、二つの「奥」をコンセプトに設計されたのが、このホテル トウ。
一歩入ると時間の流れが穏やかになるような空間は、ホテルみたいな暮らしがしたい!というインテリア好きの人にも学べる部分がたくさんあります。
案内してくださったのは
マーケティング&レベニュー
キャプテン 藤山さん
今回、ホテル内を案内してくださったのはマーケティング&レベニュー キャプテンの藤山さん
日常から切り離された「特別な場所」へ
▲ ホテルエントランス(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
ホテルの入り口を入ると、銅板にぐるりと囲まれたトンネルのような通路が出現。暖かで柔らかい反射を奥に奥に…と進むごとに日常と切り離され、“特別な場所”にやってきたような気持ちに。
▲ エントランスから通路を抜けた先には、中庭が(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
豊かな空間にするために「境界をあいまいにする」
銅板で囲まれた通路を抜けロビーに入ると、最初に目に入るのは、窓から見える街の風景。照明を最低限の明るさにすることで自然光が際立ち、気が付いたら窓に目が行く仕組み。右奥の壁は一面鏡で空間の広がりも感じ、ゆっくり景色を眺めていると頭や体のスイッチが少しずつ休息へと切り替わるのが実感できます。
▲ ロビーの円形テーブル(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
次に目に入るのは、巨大な円形のテーブル。和紙と漆で作られたテーブルの大きさは、中央に手が届かないほど。日常では目にすることのないスケールのテーブルは、機能もありながら、伝統工芸である漆和紙張りのオブジェのようでもあります。ロビーは全体的に重心が低く感じるデザインで、ソファの背もたれも圧迫感のない円柱のクッション。座面の低さも縁側のような印象で、ついつい窓を眺めながら長居してしまいそう。
フロント、レストラン、大浴場など、館内にはホテルを象徴する7個の大きな石「迎石(げいせき)」が設置されています。「造園クリエイターの橋本善次郎さんが選んだ閃緑片岩なんです」(藤山さん)
これも石庭のような風景を生み出し、屋内と屋外をあいまい感じさせるアイテム。
場所を役割で区切ることで、「より深いリラックスへ」
▲ プレミアムキングルーム(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
最初に案内していただいたお部屋は、プレミアムキングルーム。ベッドとソファが別々の小上がりになっていて、部屋の入口から続くタイルにより中央で大胆に分けられています。照明は天井からは最低限、天井と足元の段差に暖色の照明が内蔵されていて、ベッドとソファを包み込むイメージ。テレビや冷蔵庫は、正面の三段扉の奥に隠され、スイッチなど生活感のあるものも、視界に入らない位置に設置されています。
(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
ソファ側には茶室の入り口のような窓があり、テラスに出て風を感じながら食事を楽しんだり晩酌をしたり、リビングのような使い方ができるのも魅力。まわりに高い建物がなく、視線を気にせずくつろげるのは京都ならではです。
「コンパクトな室内でも“ここは寝る場所”、“ここはくつろぐ場所”とハッキリ分けることで、空間を最大限に生かすことができ、さらに室外と室内の役割を繋げることで、自然を感じることができて、場所の豊かさを感じていただけると思います」(藤山さん)
「光と影」を操る照明術
フロントだけでなく廊下や客室など、ホテル全体の照明は必要最低限。部屋全体を煌々と明るくしないことで壁の存在感が薄らぎ、閉塞感も軽減。光の影のメリハリをつけることで、空間をよりシンプルに見せることができます。
▲ プレミアムツイン(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
プレミアムツインのお部屋も中央がタイルで区切られた間取り。右側は旅館の窓際のような雰囲気で、畳なので靴を脱いでリラックスすることができるスペース。海外の宿泊客にも人気だそうです。
「ベッドは枕側の天井が一段下がり、隙間に照明を設置して寝る前の“居場所感”を演出しています」(藤山さん)
(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
室内が暗いからこそ、障子枠の美しさも引き立ちます。照明の使い方と同じように、影の使い方も重要なんですね。
「ホテル トウ」から学ぶ、ホテルライクを叶える5つのポイント
解説いただいたのは
株式会社PERMANENT
代表 原一生さん
「光や素材の扱い方、空間の余白。ホテル トウのデザインには、心地よさをつくるための小さなルールが散りばめられています。」
建築士の原一生さんと一緒に、建築デザインの視点からその秘密を5つのポイントで読み解きます。
Point1:灯りを減らして、“心地よさ”を際立たせる
(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
こちらのベッドサイドの照明は、必用な部分を、必要な分だけ照らせるよう可動式のもの。
「あえて備え付けのシーリングライトや蛍光灯を使わず、デスクライトや間接照明を活用するのも、手軽にホテルライクな演出ができるおすすめの方法。使っている照明の電球を暖色の光を灯す白熱球に変えるだけでも、優しくあたたかい空間に変わると思います」(原さん)
Point2:家具は用途が兼用できる、余裕のあるサイズをチョイス
ロビーにある巨大な本棚は、表紙が見えるようにディスプレイされ、ギャラリーのようで素敵です。注目すべきは、この余白と余裕!
自宅の書棚には本がパンパン、食器棚はもちろん食器でぎゅうぎゅう、飾り棚には細々した物が所狭しと並んでいる、なんてありがちではないでしょうか。(我が家もそうです…)
「“何にでも使える大きな棚”を買い、あらゆる収納や飾り棚に使うのも一つの方法。空間が整理され部屋がスッキリし、複数の家具を揃えるよりコストパフォーマンスも良さそうですよね」(原さん)。
食器は食器棚に、という固定概念から見直す必要がありそうです。ちなみにこの本棚の本は、宿泊者が自由に部屋に持ち帰り読めるそう。「真面目な歴史の書籍から、クスッと笑える京都独特の文化の本まで幅広く選書されています」(原さん)。
Point3:とことん隠して、生活感を消し去る
生活感のあるものは、とことん隠すのがホテルライクな暮らしの基本。前述のとおり、部屋によってはテレビや冷蔵庫まで扉や収納の中に格納され、人工的な機能を見せない工夫が詰め込まれています。
「この窓際のベンチは蓋が開いて、中はたっぷり収納スペースになっています。ベッドのマットレスの下に布団を収納できたり、実は各部屋大容量の収納スペースが確保されています」(原さん)。Point2で紹介した、用途を兼用できる家具でもありますね。
Point4: 和洋ミックスで“非日常”
部屋作りで頭を悩ませるのが、「何風の部屋にするのか?」問題。和、北欧風、流行中の韓国インテリアなどテイストを統一するのも魅力的ですが、ホテル トウでは和とモダンを混在させた、統一感から“ハズす”テクニックを発見。
障子、畳、と和で統一しているのかと思いきや、テーブルの脚はアイアン。座布団カバーも光沢のあるシルバーのサテン生地で、絶妙なバランス。
「統一感を目指すと逆に生活感が出てしまうので、あえてテイストをミックスさせているんです」(原さん)。
Point5:差し色は素材そのもので
(写真提供:hotel tou nishinotoin kyoto)
グレーに統一された、大浴場の脱衣所。洗面台までグレーのカバーで隠されていますが、スツールが空間を引き締めるポイントに。塗装されたアイテムではなく、木目とペーパーコードの素材そのものの色と質感が差し色の役割を果たし、際立つアクセントになっています。
まとめ:ホテルライクな空間の追求には、旅に出るべし
素材選びやスイッチの位置まで厳密に計算されたもので、段差や明るさなど要素全てに理由があることを実感したホテル トウ 。
原さんに「この絶妙なバランス感覚とセンス、どのように勉強すればいいんでしょうか?」と最後に質問すると、「ホテルライク、といってもスタイルはさまざま。インターネットで調べることはできますが、自分の理想のホテルに実際に泊まって、徹底的に観察するのがおすすめです」とアドバイスをいただきました。
情報だけではなく実際に現地に行き、光や風を感じてこそ、本当の「ホテルライク」が理解できるのかもしれませんね。
取材協力
hotel tou nishinotoin kyoto(ホテル トウ 西洞院 京都)
2021年に西本願寺と東本願寺の間に誕生したデザインホテル。京都の町家文化と現代的な感性が融合し、銅板の通路や漆和紙のテーブルなど、素材の質感と光の演出が織りなす静謐な空間が特徴です。 “日常から切り離された時間”をテーマに、滞在するほどに心を整える体験を提供しています。
協力アドバイザー
株式会社PERMANENT
原 一生さん
1985年生まれ。京都市立芸術大学大学院修了後、SUPPOSE DESIGN OFFICE勤務を経て株式会社PERMANENTを同代表 竹内雅貴と共に設立。
型にとらわれず、「そこにあるべき姿」をコンセプトに製作を行う。現在は建築設計、インテリアデザイン設計などを行いながら大阪芸術大学短期大学部、モード学園にて非常勤講師としても活動。
ライター
ライター
米田ゆきほ
WEBメディアや地元新聞社に年間250本以上出稿するフリーランスのライター。私生活ではマンションの住み替えやフルリノベの経験もあり、快適な暮らしを追求中。





