公開日2024.08.28
自宅開放型の古書店・BOOKS+コトバノイエ店主に聞く、豊かに暮らせる家づくりとは
口コミで静かに人が人を呼んでいる、月に2回水曜日にオープンする本屋さん。兵庫県川西市にある古書店「BOOKS+コトバノイエ」は、店長の加藤博久さんの自宅でもあります。家の中心にある本棚が、暮らしと仕事の境界線を緩やかに繋いでいます。
19年前に、親しい建築家と手紙のやり取りをしながら作りあげたこの新築一戸建てがきっかけで、本屋をオープンすることになったという加藤さん。家づくりが暮らしにどう影響を与えているのか、また豊かな暮らしとは何か、伺ってきました。
本棚を中心につくられた、扉のない家
▲ BOOKS+コトバノイエの看板
今日はBOOKS+コトバノイエのオープン日。「いらっしゃい、どうぞごゆっくりね」と、玄関のドアを開けながら、柔らかな物腰で迎え入れてくださる加藤さん。車のディーラーとして勤めながら、月に2回、古書店の店主としての顔も持ち合わせています。
▲ 平家の一軒家。
▲ 入り口のリンゴが出迎えてくれる。
生活空間そのものが本屋空間。この家の中にある本は、全て売り物なのだというから驚きです。玄関に立った視線の先に見えるリビングには、天井から床へ届く本棚が。蔵書数は約4000冊。ずらりと並ぶ古書の背表紙を眺めながら本棚に沿って歩いてみると、ダイニング、キッチン、トイレ・風呂、寝室、子ども部屋、そしてリビングとぐるりと一周できてしまいました。
そう、この家は本棚が空間の中心にあり、それぞれの生活空間を繋ぎ、各空間の間には扉がないのです。さらにリビングからウッドデッキ、ダイニングからテラスへとそれぞれの窓も開放され、オープンな空間が屋外へも広がっています。まさにオープンハウス。
▲ 玄関からまっすぐ続く廊下は、奥のリビングへと繋がる。
▲ リビングルーム。
▲ 廊下の脇に、書斎兼加藤さんのデスクがある。ここで選書などを行う。
▲ 本棚に並ぶ本は、もちろん加藤さんのセレクト。文庫本はなし、というのもこだわり。
この家にある本は全て販売中。本を見つけ出す過程も面白いですよね。ダイニングでは訪れたお客様が、本棚から見つけた本を手に取って、ページに手をかけていました。話しかけてみると、ご近所の方で誰かにコトバノイエの存在を聞いてから、いつか来てみたいということでふらっと足を運んでみたのだそう。いつしか近くにいたお客様も会話に加わり、いつしか談笑へ……、お客同士の会話が生まれやすい雰囲気は、この開放的な空間が成し得ているのでしょう。
▲ 寝室にも本棚。でもここの本棚にあるものは唯一「売らない」ものが置かれているそう。
▲ オープンな風呂と寝室。
お客様用のコーヒーを準備している加藤さんに、コトバノイエの成り立ちを聞いてみました。もともと古書店にするつもりで、この家づくりをしたのでしょうか?「よく言われるんですが、違うんですよ。家を建てたら、あれよあれよと古書店の店主になっていたんです」と返答。それって、一体どういうことなのでしょうか?
この空間が、自分の人生を変えてくれた。
▲ 加藤博久さん。
「自宅を建てたのが、50歳の頃かな。今から19年前のことです」。たまたま知り合いになった建築家の矢部達也さんと意気投合し、彼に新築住宅を依頼しました。互いに文通をしながらイメージを膨らませていたという家のテーマは、「妄想の家」。もともと読書が好きだった加藤さんは、壁面本棚に憧れがあり、それを妄想に盛り込んだのだそう。
「壁面本棚のある家っていいなって。あとは、平屋にしてねというお願いはしましたが、設計に関して伝えたことは基本的にそれだけ。他は建築家さんに全てお任せでした。でもまさか本当に、全部の壁が本棚になっちゃうなんて(笑)」と当時を振り返ります。
▲ 本棚に並ぶのは、70年代後半〜80年代の本が多い。「当時、父親の家業のためにアメリカ在住していた時期もあって。20歳位の頃に触れていた音楽やカルチャーから受けた影響が、本をセレクトするときのベースになっていますね」
完成した自宅には、多くの本で埋められる本棚が用意されていました。本を探すのが好きで、本を選ぶのが好きという加藤さんにとっては、渡りに船。本でどんどん埋まっていく本棚を眺めていると、ある夜、古本屋でもやろうかなとふと思い浮かんだのだそうです。こうして、2007年に古書店「BOOKS+コトバノイエ」をスタートします。
▲ 訪れた人は、家を回遊しながら、本を自由に閲覧できる。
▲ リビングにはお客さんが集まっていた。本について談義中?
▲ キッチン、ダイニング脇の棚。この棚は、食器用に設計されたもの。
「建築ってすごいです。本棚全体の風景だけではなくて、そこに置かれた一冊の本もそうだし、人生が変わるような影響を、僕自身にも与えてくれました。それまでは、ただの本好きだったのに、この空間ができていろいろな人が訪れるようになりました。すると彼ら彼女もこの場所に触発されて、いろいろな刺激がクロスオーバーして、今に繋がっています。
ハードウェア(建築や空間)が持っている力って確実にあるんですね。僕はそれに動かされたんだなと。心が動いて、繋がって、何か起こる……アフォーダンスのようなものですね」
▲ 息子さんの元部屋。いまはゲストルームに。
現在加藤さんは、本屋運営だけに留まらず、トークイベントやイベント出店などにもひっぱりだこ。商業施設や飲食店、宿泊施設などに置かれる本棚の選書を担当するブックセレクターとしても活躍中です。本のセレクト方法は、本棚のテーマを決めて、依頼者の顔を思い浮かべながら本を選んでいきます。
本棚全てのブックリストを丁寧に仕上げるのが加藤さん流。例えば過去のいつ・どこの本棚に置いてあったあの本ある?と言われたら、今でも探し出せるのだといいます。
「ブックセレクトって編集のようなもの。編集記録を残しているようなものですね」
▲ 置かれている一つひとつの物にも、こだわりを感じられる
プライベートでも仕事でも、本を選ぶときにずっと一番大切にしている基準は、自分が好きだと思える本であるかどうか。
「僕にとって本棚って毎日眺めるものだから、シンプルに嫌なものは置きたくないんです」
本棚に並べられているのは、本だけではありません。器や家族との写真、生活用品など日常の風景もそこに加わっています。
「自宅開放型の本屋を続けていていいこと?それは、家がきれいになることかな(笑)。オープン日は、朝早起きして、部屋の掃除をして、花を飾って……、少しでも家の状態が一定にキープできているのは、日々の暮らしへのいい影響ですね」
パブリックとプライベートが一体化している暮らし。加藤さんが大切にしている考え方ってあるのでしょうか?
19年経ってわかってきたこと。自由にいられる暮らし方って?
「僕が最近思っているのが、消費のこと。お金と何を交換するのか、ということです。例えば火を付けるための機能としてライターを買うとします。そういう機能のための消費って、もう充分満たされています。この先の未来に必要な消費とは何かを問われたら、僕は自分が価値があると思うものやことに対して、お金を使いたいなと感じています。」
▲ キッチンからの風景。ダイニングとテラスも繋がっている。
▲ 家族で食事をするときもあれば、知人を招待してテラスで食事をすることも。古書店のお客さんがランチをしているときもある。
「今の僕でいえば、時間ですね。今年で69歳になります。年々刻まれていくなかで、何かしら消費をする時に、一番気持ちいい時間に対して、時間を使いたいです。毎日挽き立てのコーヒーを飲むことだったり、気の置けない仲間との旅をすることだったり。そういう消費の仕方かなと感じています」
▲ 「僕自身は、この場所を提供しているだけです。お香焚いて。もてなして。ある意味お茶会みたいなものですが僕は亭主ではありません。お客さんは勝手に過ごしていいし、勝手にスパークしていく状況を楽しんでいます」
ちなみに、コトバノイエには床暖房がありません。だからといって困らない、無いなら無いで、代わりに石油ストーブが置けるじゃないですかと加藤さんは続けます。
「家づくりに置き換えても同じことです。他人の基準やおざなりの価値に憧れなくていいと思います。自分にとって何が必要か?何なら捨てられるか?そのための自分の物差しをしっかり持っておくことが大切だと思います。
あとはその時々で、判断していくことかな。未来永劫のコンセプトなんて無いんだから、その時にちゃんと考えて出した答えに従っていけばいい。それを意識することかなと思います」
▲ 流れる音楽と本を囲む雰囲気。贅沢な時間が流れていた。
自分の解釈次第で同じ状況でも、マイナスにもプラスにもなります。自分の感覚を磨いておくことが、心地いい暮らしや自分らしい暮らしに繋がっていくのかもしれませんね。
「家を建てて10年目くらいかな。コトバノイエの10周年記念の催しをした時に、なんかいいよなとピュアに思えた瞬間があったんです。それは蓄積されて感じたものなのか、もしかしたら自分の感覚が折り返しているのか、細かくは分かりませんけれど、10年かかって価値が分かるとか、そういうのもありなのかなと。そういう家づくりが楽しめたらいいじゃないですか」
筆者コメント
柔軟さと自由さ、そして自分軸を持つこと。流れるような加藤さんのお話を聞いているとついつい聞き入ってしまいました。そして「任しきることが大切だね」という言葉。それを私は、「分からないことを認めること。プロフェッショナルに任せた自分の決断を信じること」だと受け取りました。家づくりにおいても、どんなシーンでもそうですが、自分一人で完成させてしまうと、一歩超えたなにかは生み出せません。力を緩めて、流れに身を任せる、受け入れることの「面白さ」を覗き見た気がします。自分軸を持ちながらも、他人の哲学を融合させていくこと、そうすれば、どんな暮らしももう一歩愉快な方向に仕上がっていくのかもしれませんね。
筆者
ライター
小倉ちあき
企業内での広報部経験を経て、現在フリーランスのライター・インタビュアー。地域・文化・ものづくりの領域で主に活動し、今を捉えている。ジャンルの境界を越えて、有機的につなぎあわせる編集術を日々模索する。
取材協力
BOOKS+コトバノイエ 店主 加藤博久
ある建築家との出会いをきっかけに家を建てる。
「コトバノイエ」と名づけられた自邸の建築そのものに触発され、2007年よりその自邸で予約制の古書店を始める。本をきっかけに訪れる人達と店主との間にいろんなことが起こり始め、2013年から月2回のみオープンする現業態に。カフェやホテルなどのライブラリーの選書も行う。イエを⾶び出して、本を出張させることもある。