公開日2025.01.30
夫婦のDIYでよみがえった古民家、「住みびらき」から生まれる新しい暮らし
移住や転居を考えた時、あなたならどんな暮らしがしたいですか?
兵庫県・淡路島にある1軒の古民家が、移住した夫婦の手で生まれ変わり、ユニークな暮らしの場となっています。そして完成した空間は「住みびらき」という形で地域の人々にも開放され、地域交流拠点「hook」として生まれ変わり、つながりを育む場所を作り出しています。
どのようにして、古民家は生まれ変わっていったのか?古民家の家主でありhookの運営者でもある藤田剛・美沙子さんにお伺いしました。
住みびらきで活かす、自主リノベした築100年越えの古民家
瀬戸内海最大の島である兵庫県・淡路島。自然豊かな島の中央に位置する洲本市は、美しい海岸線や温暖な気候が魅力のまちです。このまちに移住をした藤田剛・美沙子さんは、自宅として購入した古民家を再生しながら、地域交流拠点「hook」として運営しています。これは「住みびらき」というユニークなやり方。「住みびらき」とは住宅の一部を開放して、外部の人と交流できる空間を設けた暮らし方のことを指します。そう、hookは、家でもあり外に開けた交流拠点でもあるのです。
どのような経緯で、このような暮らしが始まったのでしょうか?
▲ hookのある洲本市中川原町。写真提供:hook
▲ 左から、「hook」を運営する、建築設計を生業とする藤田剛さんと洲本市の地域おこし協力隊として活動している藤田美沙子さん。
大阪市内で働いていた2人は、結婚を機に移住を検討し始めます。もともと島暮らしに好印象を抱いていた美沙子さん。当時大阪での会社員時代の知り合いの繋がりで社会人インターンをするために淡路島を訪れた際に、ぴん!と来たそうです。その後美沙子さんが洲本市での地域おこし協力隊への着任が決まり、2022年6月にこのまちに移住。1ヶ月間で居住地を探さなくてはいけないという中、急ピッチで居住物件探しがスタートします。
▲ 400平米ある畑。写真提供:hook
▲ 現在進行形で改修中だという、hook。縁側は学生建築チーム木匠塾が手掛けた。
地域の知り合いも少ない中、ほぼネット情報のみでの物件探し。なかなか情報が集まらない状況で出会ったのがこの物件でした。
「新築や整ったリノベーション済物件ではなく、手付かずの古民家を探していました。自分たちで手を入れられる余地のあるものがいいなと思っていたからです。決め手となったのは、山が近いことと周囲に広がる田園風景の雰囲気。土地に物件だけでなく畑が付いていたこともよかった。今となっては広すぎたかなと感じていますけど(笑)。当時は、とりあえず、自分たちで全てやってみよう!と勢いで進んでいましたね」と2人は当時を振り返ります。
▲ 外壁に描かれた、hookのロゴ。
hookを通して伝えたい。完成すると見えなくなってしまう、家づくりの過程
剛さんが建築設計全般を担当し、古民家再生は、2023年8月から本格的にスタート。自分たちの手で家を作っていきたかったという藤田夫婦は、ほとんどの行程をDIYで行っていきます。工事の工程表も初めて見て、バール(金てこ)を初めて持ったという、DIY初体験の美沙子さんも、釘を打ったり抜いたり、床を剥いだり、壁を壊したりしながら、家の構造を実体験として知っていきます。自分で家を触ってみることで、家への興味が深まったと美沙子さんは話します。
古民家の一部は解体し、傾いていた床をフラットに調整。水道ガスなどは外部に委託しましたが、それ以外の行程は知人の工務店チームHAZ建築杠舎の協力や有志の大学生たち、DIY参加者などと共に進めていきました。
こうして2024年11月にプレオープン。「過程を見せていくこと」を目的に、hookが主催する企画として、イベントや交流会を同時に開催。ライブイベントや海外の旅行客、地域の知り合いを集めた料理会など、さまざまな交流の機会を生み出してきました。
「大阪で暮らしていた頃、古民家をリノベーションしたカフェなどを訪れることもありました。その背景は知っていても、既に綺麗な状態になっているので、以前の過程を想像することは難しかった。空き家を買ってリノベーションをするということが、どんなことなのか想像できないのは、私だけじゃないはず。過程を目にするだけでも、家づくりへの感情が変えられるかもしれないと感じました。これは自分が体験してみたことで、わかったことです」と美沙子さんは振り返ります。
▲ 藤田美沙子さん。
廃材をなるべく生かす設計施工を心がけたという剛さん。今回のリノベーションを経て、自分たちで工夫をするという意識がより高まったと話します。
「素材を活かしたり、今あるものを捨てずに利活用したいという思いがあります。これは空き家問題にもつながりますが、例えば人口が減っていく日本で、新築を次々と建てても、残された物件の後処理をどうするのか?という問題が付きまとうと思います。それならば、今の家を活用しきれないか?という視点を持ってみるのもありだと思うんです。便利なものに頼りすぎないことも大切かもしれません。不便さを楽しむ、と言いますか。余分な装飾品が増えるとまたそれは、不要なものが増えてしまうことにつながるかもしれませんし。
これからの時代は、人間の方が自然や環境に合わせていくことが豊かさのコツかなと感じています。自分たちで手を動かして、工夫をして、楽しい暮らしを作っていく。hookという空間が、その視点を得るためのきっかけの一つになれば嬉しいです」
▲ 解体途中に出てきた、畳の下にあったバラ板。シロアリに食われているが洗浄して壁に活用。普段は隠してしまいがちだが改めて見せることで、面白さが生まれている。
▲ 解体で顔を覗かせた土壁も、そのままの状態で活かす。
▲ 2人が「一番こだわったかも」というトイレ空間。ぜひ現場で確かめてほしい。
▲ 藤田夫婦が日常的に利用する、ダイニング。
▲ 完成するまでの過程を伝えたいという思いから、DIY中の様子を写真に撮り溜めて、展示するスペースも用意されている。
身近にあるものや素材を見直す、実験場
家づくりや暮らしと一体化したhookの運営。移住してから、特に生活が変わったのは美沙子さん。畑の開墾も少しずつ進んでいて、野菜やハーブを育て始めたところで、スクスクと育つ植物を見て、地植えの強さを実感していると言います。お隣の農家さんに採れたて野菜や果物をお裾分けしてもらうことも当たり前の日常に。近所にコンビニがないのは不便ですが、「足りないところから自分たちで楽しみを見つけていく作業を楽しんでいます」と美沙子さん。
現在は本業の傍らで、ブランド「tayutau」を立ち上げ、アロマデザイナーとしても活動を始めています。「以前からやってきたアロマのブレンド調合ですが、より一層興味が深まっています。周囲に自然がたくさんあるので、自分で育てたものを活用したいと思うようになりました。今取り組んでいるのは、身近にある雑草を蒸留してアロマをつくること。移住してからどんどん変化していますね。都会で暮らしている時には、気づかなかった感覚かもしれません」
▲ 庭で育てているハーブたち。
▲ ハーブを蒸留器にかけて、アロマオイルを抽出する。写真右は、美沙子さんがアロマの蒸留所として使っているアトリエ。イベント時などは、物販スペースとして使われる時もある。写真提供:hook
▲ プロダクト「tayutau」。こちらはアロマスプレー。
淡路島内には、スモールビジネスを立ち上げている自営業やフリーランスの方も多く、今後は、地元の事業者とのコラボレーションなどにも力を入れていきたいと考えているのだそう。
「自然や動物が作り出しながらも一見、“利用価値がない”と言われているものでも、見え方を変えることで価値のあるものにしていくなど、僕たちなりの地産地消をしていきたいです。ここにしかない地域の面白い“視点や思想”が集まる拠点にしたいですね」と剛さん。
▲ トイレの床に流すレジンの量を、試すために作った試作品。アート作品のような佇まい。
hookは現在進行形で改修中。2025年春の正式オープンを目標に、コワーキングやアーティストインレジデンスの拠点、イベントスペースして活用できる場づくりがさらに進んでいます。
ギャラリーやリビングダイニング、アトリエ、オフィスなど、使う人によってその都度変化するhookという拠点は、さまざまなハブになりえる、まさに実験場。素材の手触りを楽しんで建築に取り組んでみる、環境をそのまま受け入れて、生活と地域、仕事をも緩やかに融合させながら、さまざまなアイデアを暮らしの中で試してみる…。自分の手や体を動かす、身を投じてみる、そうすることで思わぬ気づきを得ることもあるでしょう。ちょっと視点を変えるだけで、豊かな暮らしのノウハウは、自ずと手に入るのかもしれませんね。
▲ 「これから、どうhookが育っていくか楽しみです」と美沙子さん。
筆者
ライター
小倉ちあき
企業内での広報部経験を経て、現在フリーランスのライター・インタビュアー。地域・文化・ものづくりの領域で主に活動し、今を捉えている。ジャンルの境界を越えて、有機的につなぎあわせる編集術を日々模索する。
取材協力
hook
「好奇心の集積所、HOOK」。2022年6月に大阪から移住した夫婦が、住みびらきとセルフリノベーションしながら運営する、地域交流拠点・ワーケーション拠点。藤田剛(TO DO 代表)、藤田美沙子(ブランド「tayutau」・アロマデザイナー)